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2005年10月31日 (月曜日)

ガソリン

 原油急騰でガソリンの単価がなかなか下がらないのだが、
セルフ相場でいうと亀岡は128円程度。
「一時期のハイオクよりたけえじゃねーかよ!!」
と思っていたのだが・・・、しかし・・・、
東京(23区内)はセルフでも概ね135~140円だという。これはもう、
「東京でクルマ生活なんかするな」っていうことなのか!?イヤな世の中だ

 そんなわけで、通勤に電車を使うほうが安くなってしまった。
(もっとも、ハイブリッド車にすればクルマのほうが安いけど、初期投資がね・・・)

これからはどんどん電車通勤にシフト・・・といきたいところだが、
うちの職場に新人さんが2人もいる。一人は日勤限定で、もう一人は日勤から訓練スタート。
ということで、私が日勤に食い込む余地が減っている。
つまり、電車が走っていない「早出勤務」や「遅出勤務」に追いやられてしまった。 
誰に文句言えばいいんだろね・・・(#-_-)

JR西日本も新サービスとして「普通列車24時間運転」してくれると助かるんだけどなあ。
深夜は2両(インチキカフェオレや食パンなど)でいいからさ。
(「深夜に誰が乗るねん!」という反論しか聞こえてこないが・・・)

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2005年10月26日 (水曜日)

京都出張

・・・といっても、私のことじゃないんだが・・・。

 最近、*∀*Uが京都やら野洲やらに出張で顔だしているらしい。
予告では「~日に京都行くんスよ。予定空いてたら飲みに行きませんか?」
とか誘っときながら、いざ当日になると奴が忘れてる

 不思議なことに、奴の出張日と私の公休日がかぶることは多い。

∀ 「やっぱ、世の中うまくできてるもんですなあ(´∀`)」

ぴ 「やっぱ、世の中間違ったことばっか・・・orz」

 こうして愚痴を書いてる間にも次の誘いがやってくる・・・(;´д`)

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2005年10月23日 (日曜日)

奥尻島3日目

 前日よりちょっと遅めの7:30起床。今日は3人で(笑)朝食。
またまた待ってました!ウニの塩水漬け!!くせになりそう・・・。

 今日はひたすら帰路・・・・・・、というのは私だけで、kiと酸化鉄は函館で半日くらい観光するらしい。
奥尻からの初便(飛行機)は10:30発。バスで空港へ向かうことにした。
奥尻バスセンター(=奥尻フェリーターミナル)まで歩き、9:30発のバスに乗車。
9:30になっても運転手さんが来ない・・・、どうしたんだろうと思ったら、事務所からのんびりとやってきた。
「太陽にほえろ」に出てた「山さん(hira氏のことではない)」にそっくり(笑)・・・っていうか、「太陽にほえろ」って知ってる??>all
 バスは驚くほどのんびり走りながらも何とか飛行機が間に合う時間に奥尻空港に着いた。ヒヤヒヤ・・・。

 これでツインオッターも乗り納めかあ・・・。
気流のせいもあって往路のときよりも揺れた。しかも低空で飛ぶから揺れるたびに寿命が縮む・・・。
 函館空港に着き、Kiと酸化鉄は函館市内へバス(か市電)、私は13:40発の羽田行に搭乗。
15:00過ぎに羽田に着き、1時間ちょっと寛いだ。
 羽田16:30発の伊丹行に乗った、今度はクラスJ。1日で3回も飛行機に乗ったのは初めて。
もう乗りなれたとはいえ、さすがに疲れた。

 奥尻島は、機会があったらまた行きたい。今度は江差からフェリー使ってもいいな。
球島山のてっぺんで観測もしてみたいし。

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2005年10月22日 (土曜日)

奥尻島2日目

 7:00に朝食をお願いしておいたので、ぴったりにモーニングコールが来て起床。
Ki氏は既に起きていたらしいが、私は寝ぼけていた。(ぴしあんは朝に弱い・・・)
 朝からおいしいもの揃い。特に旅館名物「ウニの塩水漬け」は旨かった(飯によく合う)。

 テレビのニュースをみながらのんびり1時間ほど食事し、部屋へ。
Kiは、北極点旅行で同行した方々へお礼の手紙を書いていた。全通でかなり時間がかかりそうなので、その間に私は・・・、二度寝・・・(笑)
 2時間ぐらいして起きたら、まだ書いていた。知っている人ならわかるが、あの独特な字で。早く旅行記も書いてくれよう・・・・・・。

 前日までに島の半数以上のスポットをまわってしまったので、今日はこんな感じで余裕だ。
11時頃、宿を出発。今日のミラはKiの運転。
 先ずは島で3番目に高い「球島山(369.3m)」へ。南以外の三方が海まで見渡せて、東側は(北海道の)本土までみえるという、まさに絶景
 次に、島の北端にある稲穂地区(稲穂岬、賽の河原公園)へ。外周道路(奥尻線)が一部通行止めのため、砂利道を含む迂回路にて行った。賽の河原は、さすがに霊場だけに何か不気味さを覚えた。あたり数箇所で合掌。

 迂回路を通って、東海岸を南下しうにまるパークへ。昼食。華風亭で定食と名物「ボラ」を食した。
 今日合流する酸化鉄氏を迎えに奥尻空港へ。Kiは2階の展望デッキへ行きツインオッターを撮影した。きのうも昼間来て撮っていたくせに・・・。

 酸化鉄氏を乗せ、先ずは旧空港ターミナルへ。
今のターミナルは落成したばかり(詳細時期はよくわからないが)で、造りが全然違っていた。
滑走路も変わったらしい。
 次に、今回のメインでもある「奥尻島津波館」見学へ。
 12年前というと我々は高校生だが、当時は連日のように報道されており、この記憶は今でも残っていたが、これらの展示物や説明が克明に、生々しく映り、あらためて被害の悲惨を思い知らされた。ちょうどこの時間、見学者が我々だけだったので係員さんがついて説明してくださった。良い機会だったので、普段はクチが重い(?)私も積極的に質問した。

 その後、小雨の中、西海岸を北上。様々な岩、北追岬公園(8つのモニュメント)をみながら走り続けた。
暗くなって、最後に宮津弁天宮へ行き宿へ戻った。丁度、夕食の時間。

 夕食を終え、来たばかりの酸化鉄氏に「鍋釣岩」と「うにまるモニュメント」を見せ、レンタカーを返却するため、高田商店へ。2日間の成果を報告(笑)し、宿まで送っていただいた。

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2005年10月21日 (金曜日)

奥尻島1日目

 少し前までは、デハビランドDHC-6(通称・ツインオッター)が離島線で結構活躍していたものの、今は函館~奥尻でしか就航していない。しかも、来季にはツインオッターは老朽化を理由に退役(廃機)となる。世界各地で1,200台の同機がまだまだ現役で飛んでいるというのに、一足早く日本の空から消えてしまう。何とも悲しいことだ。そんなツインオッターを乗りに、また、12年前に地震・津波で被害を受け、その復興も終えた奥尻島へ行った。

 もちろん、言いだしっぺはKi氏。函館~奥尻の便は1日3往復。関空か伊丹から函館へ行って乗り継ぐもんだと思ってたら、何と羽田~函館を予約されてしまった・・・、しかも往復(>_<)

Ki : 「羽田7:40発ですのでよろしくお願いします。」
ぴ : 「ちょっとまて! 何で伊丹や関空じゃないんだよ??」
Ki : 「伊丹からはないし、関空からだと奥尻行の初便に間に合わないんです。」
ぴ : 「・・・・・・。」

 泣く泣く、前日の夜出発となった。

 京都22:58発の寝台急行銀河に乗り、翌朝6:35に品川に到着。Kiは大垣からムーンライトながらで来るのだが、私はムーンライトながらが嫌いなので仕方なく・・・。

品川6:47発の京急線快特で羽田空港へ。
あと、酸化鉄が来るはずなのだが、

ぴ : 「酸化鉄は、また寝坊でキャンセルか?」
Ki : 「いえ、今日はなんか仕事が入って明日来るそうですよ。」
ぴ : 「特1とれればいいけど、ダメなら正規運賃じゃん。あいつは金持ちだな・・・。」

 羽田7:40発の函館行に乗り、9:00に到着。
20分ちょっとの乗り継ぎで函館9:30発の奥尻行(初便)に乗った。
乗客は9人しかいない。そりゃそうだ、19人乗りだからな(T∀T)
これが噂のツインオッターか、ずいぶんちっこいな・・・。
まるで、「空飛ぶマイクロバス」。

 奥尻島に着くと、「レンタカータカダ(高田商店)」のおじさんが迎えに待っていてくれた。
さっそく奥尻地区にある高田商店へ。
 Kiの北極点旅行のことを私が話し、旅行記を書かせていることを話したら、

「そうかあ。じゃあ、読みたいからそのパソコンにブックマークでもしといてよ

ということで、私のトップページとセットでブックマークしておいた。
高田商店はコンビニも兼ねているので、おやつや飲み物などの買い物もした。

 さっそく、レンタカー「ミラ」で島巡り。
まず、島内に4局ある郵便局へ全部行き貯金。二人で

「これで懸案事項は終了。これで安心して観光できるね。」

という訳のわからん会話をして、次に昼飯。
奥尻フェリーターミナル(&奥尻バスセンター)内にある「森川」でみそカツラーメンを食べた。
(ラーメンに味噌カツが乗っているわけじゃなくて、みそラーメンの上にカツが乗っている)

 午後は鍋釣岩、青苗岬(徳洋記念碑)等を見て、西海岸から時計回りで島1周した。
16:00頃には宿に入り、18:00の夕食まで昼寝した・・・。泊まりは奥尻地区の「浜旅館」。
 待ちに待った夕食をたいらげ、風呂に入り、再び出かけることに。
ライトアップされた鍋釣岩を見て、夜の奥尻名物「うにまるモニュメント」のライトアップを見に行った。
南の青苗地区へ行き、イカ釣り漁船がちょうど帰ってきた青苗港へ。沖合いでも明るく光る漁船だけに漁港で見たら既に減灯していたが、それでもまぶしいくらいだった。で、Kiが漁師さんに聞いてみたら、イカ釣り中はなんと80KWにもなるらしい。とんでもない明るさだ・・・。

 再び、東海岸をひたすら北上し宿に帰った。

(*)NOTES
奥尻島は周囲約80Km、人口約3,800人の島。
名産品のウニとスルメイカを代表として、魚介類豊かなところ。
1993年7月に「北海道南西沖地震」でおきた津波による大被害を受け、連日報道された。
現在はすっかり復興も済み、世界でも「津波被害対策」がもっとも進んだ町として注目されている。
また、この津波による被害を克明に展示した「奥尻島津波館」が開館されている。
アクセスとして、函館空港から定期便が1日2~3便就航されているほか、江差、瀬棚の各港からフェリーが数便ある。

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2005年10月18日 (火曜日)

ああ、懐かしの千葉生活

 飛び込んできたニュース。
「千葉ロッテ、ソフトバンクをくだしプレーオフ制覇、リーグ優勝」
 私は千葉ロッテファン(というか、あそこは「サポーター」)ではないんだけど、
津田沼に住んでた頃は、仕事帰りに自転車や電車(1駅だけど・・・)でよく千葉マリンへ行ったものだ。
決まってレフトスタンドでゆったり弁当を食って、千葉ロッテの応援をボーッと眺めていたのを思い出す。
もちろん某チームが来たときはメガホンもって応援していたけどね。
 仕事は大変だったけど、生活するには最高の場所だよ。何たって、冬もあったかいし(w>津田沼

 と、こんな現実逃避めいたこと書くには理由がある。
 最近、仕事のほうがうまくいかない。好きな仕事なんだけど、私しかわかるひとがいなくて他の人に振れない。
権限と責任の狭間に悩まされる日々。唯一の救いは上司が理解ある人ばかりだということ。
私が試行錯誤して悩んでいるところをきっちり把握してんだろうな。だから、あえて余計な口出しをされない。
それを考えると、今の職場はいいとこだ。

 仕事がうまくいかないと、私生活も同様。何食ってもうまくない。遊びに行く気も起きない。

 ところがどっこい、あと2日仕事すれば連休で旅行が待っている。ストレス発散にはちょうどいい。
なんやかんや言って、世の中何かしらうまくいくようにできてるんだな・・・。

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2005年10月 8日 (土曜日)

机上缶詰

 今日は日勤。久々に電車で会社へ行った(基本的にクルマ通勤なので・・・)。
一応、「下り通勤」。でも、通学時間帯に重なるので少し混んでいる・・・筈なのだが、今日は妙に空いていた。
って、よくよく考えたら世間は土曜日なんだな。しかも連休初日だそうな。
 ま、電車が空いているのは悪くない。シートをひっくり返して、ボックス状態でふんぞり返ってバナナをモグモグ
しながら
、クルマを追い抜いていくのを眺めるのは非常に気分がいい。

 会社に着いて、準備。今日は一日事務仕事で机に缶詰だ。
いつもなら20キロ近いサンプルを担いで階段のぼりおりしたり、ピペットや試験管を使ったり動き回っているだけに何だか落ち着かない。2冊の帳簿とトレーひと山の成績書をカリカリ書いていった。
しかも今時手書き(>_<) どうにかPC入力にならんかね・・・。これなら何の苦労もないのに・・・。
書類が終わった頃ちょうど定時のチャイム。今日は上司がお休みなので帰ることにした。

 着替えて、電車の時刻をチェック。1時間に2本しかないので早く駅に行っても無駄なわけ。
いつものことだが、私以外に乗る人がいなかった(降りた人が数人)。
時間たっぷりあるし、京都まで出て遊ぼうかな・・・・・・、と思ったが
疲れたのでおとなしく亀岡で降りて帰ることに。

 いつもデスクの上に愛用のタンブラーを置いているのだが、ボーっとしていたせいか、

タンブラー 「ぴしあん、今日はどこのスタバにも行かんのかい!?」

って言われてるようだった。

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