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2005年8月17日 (水曜日)

京都4区

 今日は仕事して帰ってきただけで、何もしなかった。
なので、ニュースを片っ端からあさっていたのだが、これはびっくり。

自民、京都4区に公募の中川氏擁立 郵政反対派に対抗馬
http://www.asahi.com/politics/update/0817/013.html

 京都4区といえば亀岡・園部を中心とした選挙区なのだが、4区で圧倒的な支持を受けた田中英夫氏(元・亀岡市長)が郵政民営化法案に反対しているとして、自民党は対抗馬として中川泰宏氏(JA京都会長)を擁立するそうだ。JA京都といえばこれまた地盤が亀岡一大農業都市であるここをめぐり激しいバトルが予想される。えらいこっちゃ・・・。

 職場にRIO SU10を持っていくのを忘れたので、ザウルスSL-C3100で休憩時間に音楽をきいたのだが、これが音質が良くてびっくり。MP3とWMAの違いがあれど、同じデジタル音質なら良いヘッドホンを使うといいんだなあって実感した。あらためて、ザウルスSLシリーズはスバラシイ!!

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2005年8月14日 (日曜日)

八木花火大会

 今日まで休み。すっかり連休を堪能したもんだ。
 昨日の疲れもあり、昼過ぎに起きた。まずはシャワー。

 夕方から職場の人達と八木の花火を見るので、私とNさんとYさんと言いだしっぺのSさんがHさんの部屋に集まった。Nさんがたこ焼きを作ることが決まっていたので、私はそれ以外のものを提供することに。
亀岡で軽く食事と買い物をし、嵯峨野線で八木へ。
 この時間はまだ電車は混雑していなかったが、八木駅で降りた時はそれなりに人が多かった。
普段は(昼を除いて)無人駅で、乗降も一列車で10~20人程度なのだが、ざっと150人はいた。

 私は一番乗りでHさんの部屋へ。Hさんがパエリアを作り始めた。美味しそう・・・。
しばらくしてから、仕事帰りのYさんとSさんもやってきた。さらに1時間位後にようやく、たこ焼き職人Nさんが登場。道に迷っていたそうだ。
 まずは、できあがったパエリアと蛸とアボガドのサラダをいただいた。パエリアは魚のだしがきいていて、サラダは蛸の歯ごたえとオリーブオイルの絶妙な味付けで実にうまかった。

 20:00ちょっと前、花火が打ちあがりだした。マンションの2階から目の前で打ちあがる花火は実に贅沢そのもの。迫力満点であった。
 同時にNさんもたこ焼きを作り始めた。最初は生地の問題で失敗したが、2度目からまわりはカリッと中はフワッと絶妙な出来で皆満足した、実にうまい。
 1時間ほど集中して、花火は激しく打ちあがっていた。腹に響くほどのものもあった。

 21:00、花火は終了。急に静まった。
しばらくたこ焼き、サラダ、パエリアを食べ、腹いっぱいに。
 22:30、帰路に。

 それにしても、久々に花火を見た気がする・・・。

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2005年8月13日 (土曜日)

ペルセウス座流星群'05(続き)

 0:00、観測開始。雲はまだまだ残っていたが、なんとか見られる状態になった。雨雲は我々の下にあり、飯田なら雨か雲であろう。標高が高いとそういうメリットがある。
 散在流星はよく見えるのだが、肝心の群流星は少なく、もう少し出て欲しいところであった。

 1:00、雲で空が完全に覆われてしまった。それ以降2:00、3:00にもチェックしたがいっこうに晴れる気配がなかったので3:00に観測終了。車内仮眠をとることに。
 取れたデータとしては0:10~1:00の50分間。

 8:00、連中の一部は既に起きて外に出てのんびり過ごしていた。コーヒーを飲んで9:00に観測地を出発。
11:00、南信濃村の「かぐらの湯」で入浴。観測&仮眠でかいた汗を流した。これも観測の楽しみの一つ
ただ、今年は総勢17名なので団体割引が適用できた。凄すぎる・・・。
掲示物で気になったのだが、今年の10月にこの南信濃村と上村が飯田市に編入、飯田市となるそうな。
ってことは、しらびそ高原のある上村も飯田市。うーん・・・、巨大な市ができるなあ・・・。

 14:00、飯田に戻って「パーネドーロ」で昼食。もちろん事前に予約してあったが、こちらでも17名という巨大なテーブルがセッティングされていた。申し合わせしたわけでもないのに、パスタも惜しげもなく大盛り。パンもおかわりし放題。リーズナブルな値段で皆腹いっぱいで満足した。

 16:00、解散。天文研の連中を見送った。
 さて、私とM∀RUとkuroneko3人は飯田市の中央図書館へ。18:00の閉館まで雑誌や本を閲覧した。
18:30、鼎のポルカでアイスを堪能。
M∀RUに電話が入り、M∀RUの(高校の)先輩方が飲んでいるので、そのお誘いがあった。三亀へ。
私はドライバーだったので惜しくも生ビールは飲めなかったのだが、三亀の珍味(?)を色々いただいた。

 そんなこんなで21:30をまわってしまい、車に乗るもエンジンがかからず、バッテリーが異常事態に。
近くの方にブースターケーブルで起動させてもらい、助けていただいた。おおいに感謝しています。
M∀RUとkuronekoをお店(実家)まで送り、私はそのまま京都へ向け出発。既に22:00をまわっていた。

 往路とは裏腹に滞ることなく中央道を西にひたすら走っていった。
23:00、小牧JCTを通り名神高速へ。随分と車が多かったので疲れないように80キロベースでゆっくり走った。
0:00、休憩の為多賀SAに停車。エンジンを切った。
そしたら、またエンジンがかからなくなり、JAFを呼び出した。たまたま近くにいたようで、すぐ駆けつけてもらえた。
原因を調べてもらったらバッテリーの寿命がきていたらしい。新品と交換したが、会員だったので実費のみですんだ。それにしても、対応が丁寧で迅速だった。JAFさん、どうもありがとう(会員でよかった・・・)。

 そんなもんで1:00に多賀SAを出発。相変わらず本線は(渋滞こそしていなかったものの)車が多かった。
しかも、2台に1台は品川、多摩、湘南、相模、横浜、千葉、習志野、土浦ナンバーと、関東の車ばかり。一体、ここはどこですか? 
2:00に京都南ICを通過。いつもなら渋滞している筈の京阪国道がガラガラ。やはり深夜は違う・・・。
2:30に亀岡に帰着。

 天候といい、何かとハプニングの多い2日間であった。

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2005年8月12日 (金曜日)

ペルセウス座流星群'05

 今年の流星群としては最大のペルセウス座流星群の観測に行ってきた。狙いは極大夜。
今回は天文研の連中を引き連れての大所帯、飯田で合流することになっていた。

 8:00に飯田に向けて亀岡を出発し、順調にR9、R1を通過。
京都東ICから名神高速に入り、竜王あたりまで渋滞でノロノロ運転。

 彦根か米原あたりの情報版を見て思わず「!!!」。
中央道恵那山トンネルで事故。中津川~飯田 通行止

「マジかよ・・・」と思いつつも名神高速では順調に進む。
当初休憩を予定していた多賀SAを通過し、迂回路を思案しつつノンストップで行こうと思ったが、念のため再確認しようと緊急で養老SAに停車。現地案内人のM∀RUに相談した。

ぴしあん:「今、通行止解除になったけど、瑞浪~中津川25キロだってよ。
      どう考えてもR19は壊滅状態だろ。豊田からR153で行ったほうがいいかな?」
M∀RU:「25キロ位ならそのまんま渋滞突っ込んじゃってください。どっちにしても一番早いですよ。」
ぴしあん:「うーん・・・、そうか。じゃ、一か八か突っ込んでみるよ。」

 さすが飯田人、勘がよく働くものだ・・・。
渋滞の影響を避けるために、当初昼飯休憩を予定していた恵那峡SAを通過。その前倒しのおかげで予定よりも1時間早く飯田に到着(13:30)。腹減った・・・。
 
 15:00、天文研連中と合流、アピタ飯田店で食料の買出し。
15:30、M∀RUの実家のお店「パーネドーロ」を借りて、ミーティング兼流星群のレクチャーをした。
17:00、5台の車(カリブ、グランビア、スカイライン、ラウム、ナディア)で出発。
途中の給油時にハプニング。ODAのスカイラインが、別の車(パジェロ)の後方確認ミスでケツをぶつけられ、トランクの蓋を損傷。応急処置の為、1時間遅れて到着。それにしてもぶつけたほうのパジェロに何の損傷もないのには驚き、パジェロ強すぎ・・・。

 19:00、しらびそ高原に到着。濃霧の状態で観測どころではないが、観測ベースを設置した。
22時頃から一部の雲が抜け出して、星が見えるようになってきた。

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2005年8月11日 (木曜日)

久々の四条晩メシ

 きのう、おとといと遅出勤務でもないのに残業で午前様続き。
今日はさすがに定時で帰ることができた。
っていうか、上司も私の状況を察知していて半ば強制的に帰してくれた。ありがたい・・・。

 今週中、hira氏がずっと神戸に滞在している。あれほど滞在するなら大阪か京都だって言ったのに・・・。
夜、四条烏丸で待合せて晩メシを食った。

 いつものことだが、hira氏は「取材」と称して詳細は教えてくれなかったが、
一部の日程で例の「33御朱印ラリー」をコツコツと進めていたそうだ。nikko氏と私が仕事で行かれない間に差を縮めていたということだ。さすがhira氏、前からうすうす気づいていたが普通の人ではない・・・。
 この猛暑の中、私やnikko氏が攻めあぐんでいた上醍醐寺は登頂するわ、アクセス不便な播州方面は制覇するわで非常にポイントが高い。
 明日は竹生島へ行くそうだ。
 これで、3位オリックスは首位西武と6ゲーム差、2位ロッテと2ゲーム差まで縮めるという驚異的な伸びを示した。(注・プロ野球のことではない)

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2005年8月 6日 (土曜日)

MISATOスタジアム伝説~最終章~V20 NO SIDE (渡辺美里)

 8/6のイベントの中で最も「熱い」ところへ行ってきた。それは、所沢。渡辺美里のスタジアムライブだ。
今年20回目を節目として、「西武ライオンズ球場」から今は「インボイス西武ドーム」とは変わったが、スタジアムライブにピリオドを打つことに。
 チケット(当日座席指定券)を獲ってきたのは私、全アルバムを貸し出して聴かせてくれたのはhira氏、座席引き換えをしてくれたのはnikko氏(hira氏も)、といったように3人がそれぞれの役割を持った。

 伊丹8:30発のJAL羽田行きに乗り、羽田空港へ。
羽田空港から京急線快特で品川へ。一旦、実家に荷物を置いてから高田馬場へ。高田馬場から特急小江戸号で所沢へ。
 所沢でhira氏とnikko氏に合流。座席券に引き換えてくれていた。
 所沢で時間調整をした後、西武線で西武球場前へ。会場座席に着いたのは約15分前、いいタイミングだ。
我々はアリーナ席。

 17時に開演。まだまだ暑い時間だが、その勢いもあって開演から盛り上がる。
といっても、他のコンサートよりは穏やかではある。何たって客層が広い。
その証拠に、一般座席の他に、今まで無かった「ファミリーシート」なる席ができたからだ。
往年の中年ファンから、小さい子供を連れた親子まで・・・。その中での美里はデビューから20年目。にも関わらず、パワーは衰えていなかった
後で、hira氏が記録した曲目リストを載せるが、40曲をゆうに超えていたからだ。
 特に、序盤からV20記念ウルトラメドレーを連続30分近く歌い通したことには驚きであった。
美里よりも、観客の給水の回数のほうが多かったくらい
もちろん、パワー(体力、歌唱力)だけではない。絶妙な間合い、観客への細かな配慮(優しさ)、どれをとってもパーフェクトである。彼女はシンガーであり、アーティストであり、エンターテイナーである。

 hira氏の感想が非常に的確だったので載せさせていただく。
「CDと比べて歌声に遜色がないのは素晴らしいし、ドームいう音響が良くない場所
で、歌声に強弱やアクセントをつけられるテクニックはなかなか出来ません。」

 演奏曲全体のうち、知っている曲・一度は聴いたことある曲は実に9割以上、歌詞を覚えていて歌える曲も7割以上。「こんなにも親しみのある曲があったんだなあ」と私自身驚いていた。スタジアムライブ特有の「観客ウェーブ」もバッチリ。今更ではあるが、とてつもない一体感があったのも驚きだった。
 今までは案内係員(バイト)として、この場にいられたのだが、今回、最初にして最後の「観客」として楽しませてもらった。
 久しぶりに熱く、感動した夜を過ごさせてもらった。

 21:00過ぎに終わったと思われたが、3人で食事。といっても、所沢じゃどこも空いてなさそうだから、隣の東村山で。食事してから、電車で国分寺へ出て、hira氏とnikko氏は西国分寺から武蔵野線、南武線経由で、私は吉祥寺、井の頭線経由で実家へ帰った。

hira氏が演奏中、こまめにメモしていた演奏曲リストを載せておく。
あらためて、hira氏に感謝します。

(ここから、hira氏提供)
2005.8.6
『MISATO V20 スタジアム伝説~最終章~ NO SIDE』 

~オープニング~ 
M-01 GROWIN' UP(美里、気球に乗って登場、会場が青色に染まる)
M-02 すき 
M-03 BELIEVE 
M-04 素顔 
M-05 いつか きっと 
M-06 V20ウルトラメドレー ※ 
M-07 青空 
M-08 夏が来た! 
M-09 きみに会えて(Inst、スタッフロール)
M-10 サンキュ 
M-11 My Revolution 
M-12 センチメンタル カンガルー 
M-13 パイナップルロマンス 
M-14 チェリーが3つ並ばない(大江千里が気球に乗って登場)
M-15 サマータイム ブルース 

ビデオメッセージ(松井秀樹、徳光一夫、山口智光)
山口、謎のギタリストに変装して登場、正体がバレて退場

M-16 恋したっていいじゃない (山口登場、ヤングマンを挿入)
M-17 スピリッツ 
M-18 恋するパンクス(涙の太陽、渚のシンドバットを挿入)

観客のウェーブ

アンコール
M-19 JUMP 
M-20 10 years(大江千里伴奏)
M-21 My Love Your Love(たったひとりしかいない あなたへ) 
M-22 Lovin you
M-23 夏が来た

M-06 V20ウルトラメドレー ※ 
1 I'm Free 
2 18才のライブ 
3 Long night 
4 Teenage Walk 
5 It's Tough 
6 やるじゃん女の子 
7 ジャングルチャイルド 
8 ムーンライト ダンス 
9 泣いちゃいそうだよ 
10 Boys Kiss Girls 
11 シャララ 
12 SHOUT 
13 世界で一番 遠い場所 
14 夏の歌 
15 熱いふたり 
16 ラブ ゴーゴー!! 
18 夏灼きたまご 
19 ドラえもんのうた 
20 Orange ~What's the vibe?~ 
21 蝶のように 花のように
(ここまで)

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2005年8月 4日 (木曜日)

炎天下

 誰だ、オレの車に暖房入れた奴は!!

 舞鶴が日本一になった。いや、今日の最高気温のことなんだけど・・・、
八木や亀岡も暑いのひとことに尽きる。でも、常夏の和歌山より7℃も高いって何か間違ってる・・・

 暑いで関係するけど、今日のニュースで
「神戸市立の中学校柔道部の合宿で1年生の生徒が熱中症で死亡」
ってあったけど、体罰もあったそうな(直接の原因ではないが)。
炎天下でなくても体育館や稽古場みたいな空調の無い屋内も高温になって危険だ。
真夏に猛練習していいのは水泳部だけ。他はほどほどに。

 高校野球で高知県代表の明徳義塾が、部員の不祥事を理由に出場を辞退し、県準優勝の高知高校が出場することになった。理由は部員の喫煙という、容易に防げる違法行為。まあ、自業自得だわな。
対戦相手の予定だった日大三高もガッカリの様子。よっぽど、明徳を叩きたかったんだろうな・・・。
さすが町田の山男集団はスケールがでかい。

 そういえば、町田で思い出した。最近見かけないが、鶴川のタヌキ連中は生きてるんだろうか・・・。

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2005年8月 2日 (火曜日)

オーサカキング

 今日は公休。
 昼過ぎに起きてから出かける。オーサカキングでものぞいてみようかと思い大阪へ。
その前に腹ごしらえとして、ひつまぶしを食らう。
京都から新快速で大阪へ、さらに環状線で寺田町へ。
寺田町駅前にある鰻屋「舟屋」だ。
「関東風の『蒸し』と関西風の『腹開き』」を採用した、「いいトコどり」をした作り方なので非常に食べやすい鰻だった。名古屋まで行かなくてもこうやって、大阪でひつまぶしが食えるのはいいことです。
でも、たまには名古屋でも食べたいね

 腹ごしらえも済み、環状線で大阪城公園へ。
駅前が既にオーサカキングの有料会場「太陽の広場」となっていて、入場券を兼ねた公式ガイドブック「オーサカキングトクホン」を手にする。ブースが多いのでどこをまわれば良いか困った時は、「縁起もん四十四ヶ所めぐり」というスタンプラリーのスタンプが設置されているブースをまわるのが無難なようだった。
このスタンプ、押した後が実に面白くて、押す前に、枠に印刷されているものと押したスタンプを合成するとまったく違う発想の絵になっちゃうのだ。中には、スタンプで行列のできるところもあるようだが、万博並の待ち時間じゃないのでストレスにもならない。でも、炎天下だと暑さに参るなぁ・・・。もちろん、ブースも面白い。

 ブースは大半が番組別になっているのだが、中には大阪王将の出張店やJNN加盟局などもあり、TBSのブースもあったが結構空いていた・・・。
 最速!!5mダッシュの模様や新型バンジーもやっており、見ているだけでも楽しめた。

 夕方になり、突然M∀RUから電話が。

M∀RU:「今日は仕事っすか?」
ぴしあん:「ん?今日は休みだけど。」
M∀RU:「今、どこっすか?」
ぴしあん:「大阪。」
M∀RU:「今、京都なんすよ。これから飯食いません?」
ぴしあん:「(オレに)今から京都まで戻ってこいと・・・?」
M∀RU:「できればそうしてほしいなーって、ヘヘヘ・・・。」
ぴしあん:「・・・・・・。わかったよ、ちょっと待ってて。」

 ということで、慌てて電車に乗り京都へ。
オーサカキングの会場から京都駅まで1時間を切るところはさすがJR西日本、便利である。
M∀RUにザウルスSL-C3100を見せたが最後、勝手にメッセンジャーを入れられてしまった・・・。
でも、帰りの嵯峨野線車内でメッセを楽しんでいたことは紛れも無い事実・・・。

 うーん、期間中にもう一度オーサカキング行きたいなあ・・・。
食のブースだけでも。

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